威圧的な上司に対しては

職場にいるその上司が、
いくら力をもっていても、

その人物に対し、誰も言いたいことが
言えないような威圧感をもっていても、

決して「傾倒」だけはしないようにしたいと思う。

そういう人物は
自分本位な飴とムチを絶妙に使い分け、

部下に感情的に言い放った言葉にたとえ矛盾と理不尽が含まれていても、
それを後付けの理論で納得させるだけの
力をもっていたりする。

だから部下は
「ああ、そうか、やっぱり上司の言ったことは正しかったのか」
と、
言われたその時には大いに反発心を持ったことも忘れて、
あっさりとそちらに傾いてしまう。

そのようになったとき、
冷えた頭でよくよく考えないといけない。

その人物の言ったことが、
本当に現実の業務の中で実現可能なのか。
純粋に職務全体、そして自分のためを思って言ったことなのか。

こうした人物は
職場という小さなコミュニティの中で絶対的な存在となるために、
日常的に部下に心理的な圧力をかけ、
尊敬に似た恐れを抱かせる。

部下の中に知らずに育ったその恐れは、
小さな職場の中で
正しくないことを正しいものに変えてしまう。

「ちょっとおかしいな」
そう思っても、誰も反論しない。
職場のみんながおかしくないと思っているのだから、
おかしいと感じた自分のほうがおかしいのかも、
などと、自分を失くしていく。

こうなると、
自分の価値基準の所在がわからなくなる。
小さなコミュニティでの価値観が、
そのまま、自分の価値観になってしまう。

危うく、私もそうなるところだった。
そういう人物の話や理論は、
「話半分」に聞くといいのかもしれない。

受け入れられるところは受け入れて、
どう考えてもおかしいところはしっかりと、
「私はそうではないと思う」という気持ちを
持ち続ける。

無条件に傾倒したくない。
私は私だと思う。