帰省と病身の義父

人は生きているかぎり必ず老いて、
いつか死ぬ。
こんな当たり前のことが
40半ばにもなって、いまだに受け入れられない。

そんな私をあざ笑うかのように、
顔や体に老化の兆しが顕れる。
目の下に刻まれつつある、網目のようなシワ。
早くしないと。
早くやっておくべきことをやっておかないと、と焦る。

先日、主人の実家に帰省した。
ただ、今回の帰省はいつもと違っていた。
義父が病身で、もう長くないということがわかっていたからだ。
義父はおそらく、
今回の帰省に合わせて一時帰宅をしていた。

主人の実家に向かうとき、
正直気が重かった。
どんな顔をして義父に会えばいいのだろう。
死を前にしている人に対し、
何をすればいいのだろう。

おそらく、普段どおりでかまわない。

それでも、今回が、生きている義父に会う
最後になるかもしれない。
何か、かけるべき言葉、
すべきことがあるのではないか。

結局、答えは出ないままだった。

主人の実家に着くと、
義父はいつもどおり、こたつに座っていた。
少ししかめたような顔。
もともと無口な義父だ。
ニコリともしない、頑固なたたずまいもかわらない。

ただ、その体は痩せて、
顔のしわはより深く刻まれていた。
マスクも外さない。
食事はとれず、口にできるものは
水と野菜ジュースと、ヤクルトだけのようだった。
食事の席は気おくれした。

私たちはそれでも、
いつもと同じように過ごした。
日中は私たち家族と義兄家族で外出し、夜は全員で食事をした。

帰省の最終日、
突然、義父が「みんなで写真を撮ろう」と言った。
こんなことはほとんどない。
「これで最後になるかもしれないから」。
皆、義父の気持ちはわかっていた。
ただ、誰もそれを口にはしなかった。
写真の中の義父の顔は、少しゆがんでいた。

避けることのできない老いと死。
絶望的なまでになすすべがない。
私の親の世代の人たちが次々と亡くなっていく。
喪中はがきも増えた。
私には、義父の本当の心のうちはわからない。
ただ、「こんなはずでは。こんなにも死が早く訪れるとは」
という気持ちなのではないかと想像してしまう。
病気が発覚したとき、
「俺は100まで生きるんだ」と言っていたという義父。

きっと死は、本人が思うよりずっと早く訪れるのだろう。
それはあまりにも唐突で、
本人がなにを感じようと、なにをやり残していようと、
おかまいなしに眼前に突き出される残酷な現実だ。

もう一度義父に会うことはできるのだろうか。
できれば、ゴールデンウィークにまた会いたい。