義父に会いに行った

末期がんであと1週間ともたない。
そういわれている義父に会いに行った。

盆と正月がいつもの帰省のタイミングだったが、
初めて、日帰りで帰省した。

道中の車内で、私は緊張した。
怖かった。

でも、義父はこの何百倍の恐怖を、今味わっている。
そう思うと、
私がつまらぬ感傷に振り回されている場合ではないとも思った。

主人の実家に到着して、
義父が臥せっている部屋へすぐに向かった。

息子である主人は、
その部屋に一番初めに入ることを躊躇した。

私はそんな主人を促した。
息子が先に入らなくてどうする。

正月ぶりに見る義父は、
さらに痩せて、
身体を横に向けて寝ていた。

義母が枕元に付き添っていた。
「○○(主人の名前)が来たよ。ほら」

離れて暮らす主人が来るのを
今か今かとまっていたという。

「○○はまだか、○○はまだか」ってね、
何度も言っていて。
そう義母は言った。

義父の目は、
正月に会った時よりずっと小さくなっていた。
そのしぼんだような瞳が赤くなり、
そこから涙がにじみ出た。

そんな義父を見たことは
今まで、一度たりともなかった。
無口で、息子や孫に決して媚びることのない、
昔気質の男性。
笑うこともほとんどない。
何かの拍子にフッと笑うと、
ああ、怒っていたわけではないんだ、と安堵してしまう、
そんな義父だった。

義父の人間的な一面を見て、
たまらなくなった。

口にはださなくとも、
やっぱり義父は息子を愛しているんだ。
そんな当たり前のことに、
死を間際にした義父の涙でようやく気付いた。

義父は主人にどうしても渡しておきたいというものがあったらしく、
義母がそれを別室から持ってきた。

その形見を「お父さん、これだよね。」
といって義父に見せ、それを義父から直接主人に手渡すように促した。

主人も泣いていた。
これが今生で会う、おそらく最後なのだ。
親子の最後の対面。

いろいろあったと聞いている。
厳しすぎる義父に反発を抱いたこと。
長男をいずれ家長とする田舎の考え方のなかで、
弟である主人と兄とでは
その育て方に差異のあったこと。

でもそれがなんだというのだろうか。
親子なのだ。
とにかく、親子なのだ。

そのしがらみ、その愛情、ときにその憎しみは、
親子である証でしかない。

今日ほど、人の生き死にについて、
人の別離について
考えさせられたことはない。

「良かったね、みんな来てくれたよ、良かったね」
といって、義母が義父のおでこを撫でていた。

今日のいろいろな場面が次々と頭に浮かんで、
どうしようもない。
何も考えずに、寝てしまった方がいいのかもしれない。

私には死も、そこからもたらされる悲しみも、不可逆性も、
なにもかもが怖い。
今日は何も考えずに寝てしまい、
明日、一生懸命働こう。
考えたって考えたって納得はないし、
死が持つ意味もわからない。

ただ、どうか「死」というものが
人にとってそんなに酷いものではなくて、
それはいずれ、誰にとっても救いのひとつになるようなものであってほしいと思う。