晩御飯どきの家族の憂い

今日、晩御飯の食卓で、ひと悶着あった。

「テレビの音が大きい!小さくしてよ!!」
という、18歳の長女の、妹に対する文句がきっかけだ。

「は?なんで○○(姉の名前)はそんな自己中なの?意味わかんない」
と、中学校に入って多少口が達者になった次女が応戦。

こんなことはしょっちゅうで、
「またやってる・・・」と、流せばよかったのだが。

こういう姉妹間のやりとりには、私ももうウンザリしていて、
胸に溜まったモヤモヤが、今日はいよいよのど元までこみあげてきてしまった。

我慢我慢、私が何かをいって、コトが収まったためしも、
姉妹の関係が改善したためしもない。

何も言わず、やり過ごすしかない・・・。
と思った瞬間、
な~ぜかもう我慢ならなくなって、

「またこの空気!?いい加減、勘弁してよ!」
とやってしまった。

私はいつも、自分を「我慢我慢~」てな感じでなだめると、
かえって感情が爆発、カンジンのその「我慢」ができなくなってしまう。
我慢だなんていい子ぶって、自分をなだめなければよかった・・・。

そこからはもう止まらない。
「だいたいね、○○(長女)はいつも、言い方がおかしいんだよ。
『テレビの音がちょっと大きいから、ちいさくしてくれない?』っていえば、
こんな空気にはならないでしょ!!」
と長女に叫ぶ。
まあ、きょうだい間でこんなに気を遣った言葉を使える子どもを私は見たことがない。

がしかし、物事はすべて、言い方ひとつではないか。
間違いなく、長女のものの言い方がすべての元凶なのだ。

しかし長女も負けない。
「でも、言わせてもらうと、○○(次女の名前)だって、私にもっとひどいこと言ってんだからね。」
と、母である私を責める。

いやいや、知ってますよ。
あなたの妹も、平気で「シネ」とか言っているのを。

それでも、たいていこういった言い争い&イヤ~な空気作出のきっかけは、
長女のえらそーな物言いなのだ。
その言い方さえなければ、この家はもっと平和なのだ。

そんな思いが、今日は爆発してしまう。
「でもね、あんたがそんな言い方をしなければ、そもそもこういう空気にはならないでしょ!!」

これは、いつもは言うのを控えている言葉だ。
私なりに、長女の尊厳?を傷つけないよう、気を使っているのだ。
しかし今日は、言ってしまった。

案の定、空気は最悪。
長女はもう大きい。その存在感や威圧感は、大人のそれとほぼ同じである。
彼女の怒りや不機嫌は、猛烈に場を淀ませる。

「は?だからいやなんだよ。この家。早く出たいわ」

親にとっては一番イヤな言葉。
ヤツは、この言葉で私が傷つくのを知っていてい言っているのではないかと
勘ぐる。
しかしそんな感傷が胸に突きあがるか否かの瞬間、
すかさず、こんどは弟が
「じゃあ早く出てってよ」。
そして妹も
「いつ出るの?」
と言葉を重ねる。

こうなるともうお手上げだ。
長女の味方がいない。
これはダメだ。

今度は私が叫ぶ。
「○○(弟)も○○(次女)も、そういうことを言うんじゃないよ!
○○(長女)にはママが話しているんだから、余計な言葉を重ねてくるんじゃない!」

長女が怒りながらもあきらかにいじけているのがわかる。
彼女のなげやりな口調はその顕れだ。
案の定、
「別にいいよ、気にしてないから。どうでもいいから」
だって。

あ~あ、やっぱり何も言わなければ良かったのだ。
そうすれば、「いつものちょっとしたいざこざ」程度で済んだのだ。
親という存在は、
子どもにとっては自分に対するその愛情の質量を心のどこかで推し量る対象だ。

その親が、きょうだい間で誰かの見方をし、誰かを叱責するということには、
よほどの注意がいる。

私はなにも、長女を責めたかったのではない。
ただ、きょうだいが嫌いあい、悪い関係になるのが
どうしてもイヤなのだ。
だから、その言い方さえ直してくれればと思っただけなのだ。

それでも、そういったニュアンスまでは、
怒れる長女の心には届かない。

親業は本当に難しい。

そして、きょうだいの関係も難しい。
同じ環境で育っていても、その性格、気質は全く違う。
おそらく、それは持って生まれた彼らの個性なのだ。

親である私は多分、慌てることなく、急ぐことなく、
彼等の関係を見守っていくしかないのだろうとは思う。

ただ、今回、私はこれだけは伝えておいた。
「家を出たいといわれるのは、一番悲しいんだよ」

長い時間をかけて、
みんながまるくなって、
家族で仲良く飲みに行ける日が来るといいな・・・。